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  • 2006.06.16 Friday
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ブログのお引越し

沖縄居酒屋レキオスのブログは下記へ移動します。「沖縄居酒屋レキオス vol.3」になります。

LINKSのコーナーから飛べますよ。

http://purple.ap.teacup.com/showmyn/

ユウナ



裏山にユウナが咲き出していた。久しぶりに出かけた裏山は雑草が凄い勢いでのびていた。逞しい。鉢植えが育ったのかシコンノボタンが花をつけていた。





ベンガルヤハズカズラも元気だった。オオゴマダラが2匹ひらひらと例のごとくのんびり飛んでいた。画像はちょっと失敗だな。



ヤマト君も元気だった。シマグワが花をつけそうだった。



ノビルは来年に備えて休眠するようだ。きれいな球根になった。



公園では、ピンクの花がきれいだった。葉がマンゴーと似ていると思ったが、名前が調べられない。…このもどかしさ。



裏山の墓地の空はスカンと明るい。




5.16そろそろ梅雨明けか



先月の23日から降りっぱなしの雨がやっと上がった。あれだけの水分を吸った島は太陽を当てられて、今度は溜まったものを一気に水蒸気として吐き出している。むんむんと気持ちの悪い蒸し暑さだ。べたっとしている。

子猫が安心したように親と一緒にいる。どうしてああも楽しそうにじゃれるのだろう。



裏山の住人たちも元気そうだ。台所へコガネムシが入ってきた。図鑑で調べたらシロテンハナムグリらしい。画像を撮って、猫に気をとられて忘れていたら、ブンブンという音をたてて台所を飛び出していった。

午後から髪の毛のカットへ出かけるつもりだったが、裏山へ行ってみよう。いろいろと気になることがある。


かぼちゃの鶏そぼろ煮

河合家の食卓



2,3日前に買ったかぼちゃを鶏の挽肉と煮た。えのきが残っていたのでえのきも一緒に。



古老がきのう泊北岸の市場で買ってきたタコの頭はヌタ和えにした。酢味噌が甘すぎるのでシークヮーサーと醤油で調整した。この酢味噌も古老が、これは、近くの公設市場で買ってきたものだ。食糧の買物が趣味なのだ。



メーンはグルクンの唐揚。これはわたしがスーパーで買ってきた。ふふふ。


レイシ=ライチ



ライチがスーパーにお目見えだった。近所の庭に実っているライチとは、パックに入って、いささか趣は違うなと思った。流通しているものだからな、仕方がない。中国産だった。



午後、銀行へ出かけた足で「元気薬局」へでかけた。整体をしてくれる友人のところへ行って骨を鳴らしてもらおうと思った。この2,3日異様な胃の存在感なのだ。きっと、体の具合が狂っているのだと思った。胃の存在感はあるけれど、胃自体は痛みとか不快感とかはなくて、こういう体験も初めてだったから、肩こりからきているのでないのかと考えたのだった。

病院へ行けば、きっと検査漬けだ。その前に確めようと思った。

あの薬局までは那覇の市街地の赤瓦の家が結構残っていると思い出してカメラも持ってでかけた。

しかし、かなりの数の古い家屋が消えていた。ウチだって、そろそろ老朽化していて、今度建て直すときは、今の赤瓦では建てられないだろう。そういう意味では、消えゆくものとしては同じ存在だ。しかし、あと10年は頑張ってもらおうと思っているから、騙し騙し、いこうと思っている。これも努力なのだ。時代に合わなくなっていくというのは、こういうことだ。ここでどう考えて展開していくのか、と命題でもある。











体を直してもらって、帰り道、息子たちが通っていた小学校沿いに歩いていった。塩の神さまを祀っている御嶽がある。現役だから、あまり、風情がない。これは沖縄中共通している。大切にされて変な感じで現代風なのだ。誰も来ない廃れた御嶽は時代を感じさせていいものだが、これは形骸化しているという現実がある。



この前島というところは、昔、塩田で有名だったところだ。いつ頃かというと、第二尚氏時代だろう(〜戦前までという長いスパンではある)。海が陸になってしまったところへ塩を作りはじめた。それまでは海だったのだ。

那覇は浮島という時代の第一尚氏の時代、明からの使節を迎えるためにこのあたりの海に長虹堤という海上道路を作った。潮の流れも考えて七つの水門も作ったが、それでも海は様相を変えて、海だったところが陸地化していった。…そこで行なわれた塩の精製だった。

この続きの海は、また、戦後、米軍が軍港を作るために那覇空港の近くの垣花の住民たちを追い出したのだが、その人たちを住まわすために埋め立てした。それがわたしの頭にインプットされた若狭の海岸線だが、復帰後、港湾の埋め立ては急激に進んで、働く海の姿で、まったく記憶とは様相の変わった海となってしまっている。こわっというものだな。これをどう考えるか、と日々悩んでいる。

青ハンダマと甲イカのさっぱり炒め

河合家の食卓



ハンダマというのはスイゼンジナという名の野菜で、鉄分がたっぷりの健康野菜だ。薬草という感じだ。しゃきとして、香り高い。生でサラダでも食べる。

レキオスでもイカとキクラゲと一緒にバター炒めにして出しているが、人気メニューの一つだ。

きょうのハンダマは、なかはらさんが持って来てくれた。彼女の出身地の読谷では、今、この青ハンダマが流行っているらしい。

普通のハンダマは葉の裏が紫色だが、これはぜーんぶ葉っぱ色というところが受けているという。



一緒に炒めた甲イカはベトナム製で柔らかく美味しかった。生姜でさっぱりとした味付けにした。

本来のハンダマはこれ。



きょうのチャンプゥルーはニラでした。



やっと雨が落ち着いて晴れ間も出てきた。母猫にくっついて子猫が二匹顔を出している。灰色の縞は臆病でわたしのカメラに気づいて引っ込んでしまった。古老と二人、ほっと溜息をついた。


6.14レキオスの玄関



きょう、お掃除にレキオスへ降りたら、ひがさんがイソイソと立ち働いていた。照れくさそうに時間を間違えて出勤だと言っていた。1時間早く来たようだ。看板も暖簾もひがさんがだしてくれていた。それから、ひがさんは植木の手入れをするのだった。

2人で元気なレキオスの玄関の植木を眺めたのだった。ぐんぐんと育っている植木たちだ。



ひがさんみたいに豊かで元気なんだと思った。感謝。



観光協会のクワズイモの実が熟れていた。着々と進行しているのだ。

茨城産の焼き芋

マックスバリューへ出かけた。そこへの裏道が好きだ。わくわくする。が、きょうはカメラを忘れて撮りそこなった。

焼き芋が目に入った。ラベルがいいなと思った。茨城を主張していると思った。遠い沖縄までごくろうさん、という感じだった。



市場へいったら、島タコ屋さんで、島ダコが寝そべっていて、隣にアバサーがいて、それから、カニが生きていてわたしを睨んだのだった。コワっ、というものだった。



相変わらず美しいシュンとした尾のアカマチ姫だった。尻尾を撮りそこねてしまった。


天麩羅蕎麦

河合家の食卓



ブラックタイガーが安く、しかも大きかったので、久しぶりに天麩羅蕎麦にした。きれいな青いエビだ。皮を剥きながらうっとりしていた。



旬の鰹も薬味たっぷりにして、きょうは酢醤油にした。



チャンプゥルーは大根に残っていた葉。…残ったら、夕ご飯だ。夜は仕事だから食事は作らない。


山芋なんとぅ餅



包装された紙に「山芋なんとぅ餅」と書かれていたが、どう見ても蒸し菓子だと思っていた。ひがさんに言わせたら「餅粉が入っているみたい」だった。島尻の玉城だかの名産が山芋らしい。これはなかはらさんの知識だ(厨房の人たちの薀蓄は驚くばかり)。

沖縄の山芋は紫色をしている。ブルーシールのアイスクリームの「ウベ」というのも山芋のアイスクリームで、フィリピンあたりでこういう山芋を「ウベ」と言っているときいた。沖縄ではこのごろ「紅山芋」と言っている。レキオスでも唐揚にして出していたが、紅色が先祖がえりするのか真っ白になっているのが多く、何だか詐欺みたいな気がして、メニューから消してしまった。

古老と2人で食べ切れないオレンジを食べてもらった。つくづくレキオスがあってよかったと思っている。家族が多いというのは、こういうことでもあるのだ。みんなで食する楽しさだな。


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